吉野作造記念館「岡本央の見てきた中国」展示⑪

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屋上にあがってびっくり!見事にまっすぐだ。小学校の入学式(北京)
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# by sanaka-okamoto | 2015-05-08 19:26

吉野作造記念館「岡本央の見てきた中国」展示⑩

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# by sanaka-okamoto | 2015-05-08 18:32

吉野作造記念館「岡本央の見た中国」展示物⑨

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氷河の雪解け水は美味しい。4千メートルのパミール高原
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ー日に何回も水くみのお手伝い。水の大切さが身にしみるね。タクラマカン砂漠
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# by sanaka-okamoto | 2015-05-08 18:18

隣国との友好イベントに参加

「モンゴル映画とアジア音楽の夕べ」が
中野区野方ホールで開催。
韓国舞踊と民謡、ロシア民謡、馬頭琴演奏とモンゴル民謡、
中国民謡、日本演歌、二胡演奏など。
出演者は全員がプロの歌手、演奏者、舞踊家で豪華なステージとなる。。
それぞれの国の文化を楽しみながら友好を深めていった。
私も協力者として参加してきました。
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# by sanaka-okamoto | 2015-04-24 18:59

吉野作造記念館」「岡本央の見てきた中国」掲載紙

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毎日新聞(上) 3月26日
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朝日新聞(下左) 4月22日
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大崎タイムス(下右) 4月4日
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# by sanaka-okamoto | 2015-04-24 17:07

吉野作造記念館「岡本央の見てきた中国」⑧

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ひやっとしたよ。こんな濁流に飛び込むんだもん。タリム川
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命をかけて渡る、見ているだけで震えてしまうよ。
しっかりつかまっていて。怒江

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ぼくの遊び相手は水牛。
高原のベニス・都匀
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# by sanaka-okamoto | 2015-04-24 16:50

吉野作造記念館「岡本央の見てきた中国」⑥

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# by sanaka-okamoto | 2015-04-24 13:06

吉野作造記念館「岡本の見てきた中国」⑤

d0074731_0452349.jpg中国との出合いは1986年。尋ねたのは中ソ国境の小さな村でした。そこでは2000人もの日本人が亡くなり、戦後40年たって遺族たちの墓参が許されたのです。それは涙と沈黙の旅でした。40年前も咲いていたという野辺の花を摘み、妻や子の墓に捧げる遺族たち。この光景が、戦後生まれの私が日中関係に関心を持つようになった原点です。(左写真・毎日グラフより)

展覧会場には中国に関するたくさんの掲載誌を置いてます。
ご覧ください。

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その後、残留孤児・婦人の住む町や村に
出かけるようになりました。
ハルビン外僑老人ホームで暮す残留婦人たち。(下)
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# by sanaka-okamoto | 2015-04-19 01:55

会場に池谷薫監督の新作「ルンタ」のチラシ

映画「蟻の兵隊」のポスター(会場に貼ってます)に写真を使っていただいた
池谷薫監督の新作が完成しました。現在開催中の私の展覧会場にもチラシを
置かせていただきました。
チベットの人の心を描く衝撃のドキュメンタリーです。
7月に東京で公開。その後、順次、全国で上映していきたいとのことです。
写真展会場である吉野作造記念館でも上映できたらいいと思っています。
大崎市の地元の皆様、ぜひよろしくお願いいたします。
会場には池谷監督の過去の作品パンフも置いてあります。d0074731_2031078.jpgd0074731_2031261.jpg

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# by sanaka-okamoto | 2015-04-17 20:53

吉野作造記念館「岡本央の見てきた中国」④

8万人を越える犠牲者を出した四川大地震。震源地である四川省西北部の山間地には、少数民族チャン族の人たちが多数暮らしている。地震の一報を聞いた瞬間から、8年前に訪ねた人たちの顔が次々と脳裏に浮かび、ニュースに釘付けとなった。被災地の都江堰(とこうえん)、汶川(ぶんせん)、北川(ほくせん)に関する情報はすぐに入ってきたが、もっとも世話になった小さな村の状況は、一向に伝わってこない。ようやく茂県(もけん)という地名を目にしたのは、地震発生後、数日経ってからだった。人民解放軍の落下傘部隊が上空から救援に向かうシーンがテレビ画面に映し出され、村は全滅した可能性が高いと報じられた。そして今回の大地震で、チャン族の全人口の1割に当たる3万人が犠牲となった事実を知ることに。
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# by sanaka-okamoto | 2015-04-17 20:04