会場に池谷薫監督の新作「ルンタ」のチラシ

映画「蟻の兵隊」のポスター(会場に貼ってます)に写真を使っていただいた
池谷薫監督の新作が完成しました。現在開催中の私の展覧会場にもチラシを
置かせていただきました。
チベットの人の心を描く衝撃のドキュメンタリーです。
7月に東京で公開。その後、順次、全国で上映していきたいとのことです。
写真展会場である吉野作造記念館でも上映できたらいいと思っています。
大崎市の地元の皆様、ぜひよろしくお願いいたします。
会場には池谷監督の過去の作品パンフも置いてあります。d0074731_2031078.jpgd0074731_2031261.jpg

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# by sanaka-okamoto | 2015-04-17 20:53

吉野作造記念館「岡本央の見てきた中国」④

8万人を越える犠牲者を出した四川大地震。震源地である四川省西北部の山間地には、少数民族チャン族の人たちが多数暮らしている。地震の一報を聞いた瞬間から、8年前に訪ねた人たちの顔が次々と脳裏に浮かび、ニュースに釘付けとなった。被災地の都江堰(とこうえん)、汶川(ぶんせん)、北川(ほくせん)に関する情報はすぐに入ってきたが、もっとも世話になった小さな村の状況は、一向に伝わってこない。ようやく茂県(もけん)という地名を目にしたのは、地震発生後、数日経ってからだった。人民解放軍の落下傘部隊が上空から救援に向かうシーンがテレビ画面に映し出され、村は全滅した可能性が高いと報じられた。そして今回の大地震で、チャン族の全人口の1割に当たる3万人が犠牲となった事実を知ることに。
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# by sanaka-okamoto | 2015-04-17 20:04

吉野作造記念館「岡本央の見てきた中国」③



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# by sanaka-okamoto | 2015-04-17 19:25

吉野作造記念館「岡本央が見てきた中国」②

黄砂の源
肥大化し続ける「タクラマカン砂漠」
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# by sanaka-okamoto | 2015-04-17 18:48

吉野作造記念館「岡本央の見てきた中国」①

褐色の大地と闘う
    黄土高原の農民
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# by sanaka-okamoto | 2015-04-12 13:50

「岡本央の見てきた中国」開会式

展示会場に隣接する研修室でのオープニング講演会。90席全部が埋まった。
こんなに多くの人がいらしてくださるとは予想していなかったので、うれしい。 

まずは「NPO法人おおさき地域創造研究会」事務局長の小玉順子さんによる開会の挨拶。
15年前、大崎のPTA大会で私の写真と出合ったこと、生き生きとした子どもたちの笑顔に魅了されたことなどをお話ししてくださった。
その後も、小玉さんは感覚ミュージアムに勤務されていたとき、写真展開催のためにご尽力くださり、私の夢だった感覚ミュージアムでの作品発表が実現した。
そして今回も、地元の実行委員として大変お世話になっている。

講演会を締めくくってご挨拶くださったのは、「吉野作蔵記念館」館長の大川真さん。
吉野作造研究のスペシャリストである大川館長には、今回、いろいろとご指導いただいた。
館長は、日中交流に関する事業や「日本と東アジアの未来を考える委員会」のメンバーとしても活動されている。
「同じように漢字を使い、同じような顔をした中国の人たちについて、私たちはまだまだ知らないことがたくさんある」と館長。
展覧会の写真を見て、知らない中国の新しい一面を発見していただければと思う。
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写真提供左。佐々木隆二様
      右上。記念館
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# by sanaka-okamoto | 2015-04-10 19:10

「岡本央の講演会」を前に

3月29 日、「岡本央が見た中国」のイベント初日、午後2時から研修室でオープニング講演会「中国で撮り続けてきたもの」を開催。
今回のお客様の多くは、写真愛好家ではない。デジタルカメラになってから、「撮影テクニックのお話を」と頼まれると困ってしまう。展示写真のほとんとは、ポジフィルム時代の作品だ。鞄にフィルムをどっさり入れて旅していたころを思い出す。
お昼過ぎからお客様が増え、会場は賑やかになってきたが、講演会の定員は90 名。「まだまだだなぁ」と思いながら、時計の針を何度も見てしまった・・・。
展示写真1
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会場がお客様で埋まるかどうか以上に、自分がちゃんと話せるかどうかのほうが心配だった。実は、人前で話すのは大の苦手。知人から「話があっちこっちいかないように」「へらへらするな」「話をはしょるな」等々、アドバイスをもらったけれど、そんなにたくさんの注意事項を守れるはずがない。プレッシャーだ。
予想以上に多くの方がいらしてくださり、会場はほぼ満席になった。
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# by sanaka-okamoto | 2015-04-10 18:05

「岡本央の見てきた中国」4月26日まで開催

古川、開催初日は晴天
9時オープン。最初のお客様は孫を連れたおばあちゃん。中国の子どもたちの写真を長い時間かけて見てくださった。その後も美里町からのご家族、白石からの学校の先生ご夫妻とお客様が来館。中学を卒業したばかりの5人の生徒さんと先生の御一行は、高校生になる前に吉野作造について知ってほしいと先生が記念館に生徒さんを誘い、そのついでに写真展も覗いてくださったという。
昼過ぎからお客様が増えてきた。できるだけ多くの方と言葉を交わしたいという気持ちはあっても、14時からの講演会が不安でそわそわ。きちんと挨拶もせずに失礼してしまった。90人の席が用意された講演会場の研修室に、いったい何人が話を聞きにきてくれるだろう・・・。緊張の続いた初日だった。

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# by sanaka-okamoto | 2015-04-06 15:39

明日から「岡本央が見た中国」展開催。準備

  吉野作造記念館 戦後70周年記念展
      写真家・「岡本央が見てきた中国
     期間:平成27年3月29日(日)—4月26日(日)
       場所:吉野作造記念館・企画展示室
          (宮城県大崎市古川福沼1−2−3)
       主催:岡本央展実行委員会
       共催:吉野作造記念館
       後援:(公社)日中友好協会、日本中国文化交流協会、
       大崎市、大崎市教育委員会、(株)テムジン(番組制作会社)
 <企画趣旨>
政治学者で大正デモクラシーの旗手・吉野作造は、ジャーナリストとしても卓抜した存在だった。明治39年から3年にわたり中国に滞在。中国の近代化、民主化にも強い関心を寄せ、建国の父・孫文との交流もあった。
 当記念館では戦後70年を記念し、また膠着状態が長らく続いている現在の日中関係の在り方を考える機会提供を目的に、長年中国を撮り続けてきた写真家・岡本央(さなか)の見てきた中国を、写真と各紙誌掲載記事を通して紹介する。
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 これまで岡本は、中国の子どもたちを撮った一連のシリーズ「ニイハオ小朋友(シャオポンヨウ)」を中心に写真展を開催してきたが、今回の記念展では中国へ出かけるそもそものきっかけとなった中国残留孤児・婦人問題をはじめ、  中国各地の少数民族の生活と文化、「タクラマカン砂漠」「黄土高原」の環境問題、「文学の舞台を巡る旅」など、中国にまつわる様々なテーマと向き合い、感じ、考えたことも写真と合わせて展示していく。今、岡本が願うのは日中の民間交流の発展と、一日も早い両国の関係改善だという。日中間の深いレベルでの相互理解を望み、中国の近代化・民主化へ惜しみなく支援を続けた吉野作造も今生きていたら岡本と同じ事を望んでいただろう。(実行委員会)実行委員。麻生晴一郎(ノンフィクション作家)、池谷薫(映画監督)、柴田昌平(ドキュメンタリー映画監督)、張春祥(新潮劇院代表)、小玉順子(NPOおおさき地域創造研究会事務局長)、中島源陽(オープンハートあったか理事長)、千葉義信(NPO笑顔のお手伝い理事長、中鉢孝男(岩出山高校同窓会会長)、田中豊男、小林惣太郎
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# by sanaka-okamoto | 2015-04-02 12:22

教育新聞「円卓」コラムに掲載されました。

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「むがす、むがす、こんなことがあったとさ・・・」
布団に入ると、祖母のむかし話が始まる。その話には、祖母の今は亡き知人や祖先がよく登場した。話の舞台も、田んぼ、裏山、小川、お墓など、子どもだった私の行動範囲内の場所がほとんどだった。もともとは古くから伝わるむかし話だったのかもしれないが、おそらく祖母の創作がかなり加えられていたように思う。東北の農村で生まれ育った私には、祖母のむかし話と豊かな自然はとても身近な存在だった。
むかし話の主な題材は、人の営み、人と自然との関わりで、その大半が怖い話だった。昔の農村の夜はとても暗かったし、小心者だったので、私は恐怖で固まってしまう。そんな私を前に、祖母は決まって「だから気をつけろ」「だからそこには近づくの言葉で話を結んだ。地域社会の中で生きるための掟を教えようとしていたのだろうか・・・。
むかし話とふるさとの自然は、私の五感をおおいに刺激したに違いない。私が数多ある中から、自分の作品のテーマとして選んだものの原点も、結局、そこにあった。「君は農村に行くと、元気な顔になって戻ってくるね。またどこかで、ふるさとを見つけたのかい?」と言われたことがある。確かに時々、かつてのふるさとの姿を探している自分に気づくことがある。
昼時、ラジオから古関裕而氏作曲のNHK「ひるのいこい」のテーマソングが流れると、仕事中でもつい耳をそばだててしまう。全国の「ふるさと通信員」(現「聴取者」)からの便りを聞くと、子ども時代のさまざまなシーンが脳裏に浮かんでくる。農村に行かなくても、ふるさとの色や音、匂い、感触などの記憶が、まざまざと蘇ってくるのだ。それは、祖母のむかし話を聴きながら想像で頭をいっぱいにしていたときの状況に少し似ているかもしれない。
お便りの朗読が終わると、「ばーさま」の声が聞こえてくるような気がする・・・「自然を甘くみるな」「掟は破るな」。
(岡本央)
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# by sanaka-okamoto | 2015-03-11 13:10