<   2013年 10月 ( 7 )   > この月の画像一覧

「地上」 山里の水緑発電

d0074731_1140697.jpg
四〇年前までは、現在の3倍以上の枚数があった。
「71年の減反政策。700年以上の歴史がある棚田です。先祖の遺産を自分らの代で減らすわけにはいかなかった」と鞍掛山麓千枚田保存会の小山舜二会長。
 経済成長で若者が土地を離れ、耕作放棄地が拡大した。あの谷間もこの杉林も、かつてはみんな田んぼだった。
今年、棚田の頂上にある広場に、湧き水を使った小水力発電施設が完成した
中山間地の農業は、この先の時代をどう生きるのか。(「地上」8月号/家の光協会)
[PR]
by sanaka-okamoto | 2013-10-06 10:41

「ちゃぐりん」創刊50年記念特別号でナイジェリア・レポート

d0074731_1156424.jpg
「ちゃぐりん」が創刊されたのは昭和39年、東京オリンピックが開催された年です。今年で創刊50年。私の家も農家だったので、子どもの頃から毎月、家に来るのを楽しみにしていました。当時の雑誌名は「こども家の光」。

8月号の特別企画「ほくたちわたし
たちが大人になったとき」にナイジ
ェリアのスラムやストリートチル
ドレンの取材を掲載していただきました。
ナイジェリアの子どもたちに「夢」を絵に
描いてもらいました。              

まさか子どもの頃から慣れ親しんできた
雑誌の記念号で仕事をさせていただけるとは!
うれしいかぎりです。
                          (「ちゃぐりん」8月号/家の光協会)
[PR]
by sanaka-okamoto | 2013-10-05 01:01

季刊「のらのら」 36回「郷童」 日本一のラワンブキ、足寄町

d0074731_12182816.jpg密集した茎や葉に視界をさえぎられ、互いの姿を見失う親子。
名前を呼び合う声が畑の奥のほうから聞こえてくる。
子どもにとっては畑というよりは森の中にいるような感覚か。
今日は日本一のラワンブキの刈り取りだ。
長さ2~3m、茎の太さ約10cm、自分の背丈の
倍以上もあるフキを見上げ、
「でけぇ」と驚きの声をあげる子どもたち。
お父さん、お母さんが茎をもち、
こどもが株元にあてた鎌で茎を切る。
その瞬間、茎から水が溢れ出す。
水分の多さが良質なフキの証だ。              
毎年、地元の子どもたちも畑にやってくる。
故郷を離れても「生まれ故郷のラワンブキ    (「のらのら」秋号/農文協)      
の味を思いだして」と願う人々。
[PR]
by sanaka-okamoto | 2013-10-04 18:40

ナイジェリア 富国虚栄

d0074731_12343682.jpgもともとは農業国であったナイジェリアだが、
石油の発見以来、工業化政策に重きがおかれ、
農業がおざなりとなっていった。
やがて農産物に関しても輸出国から輸入国へと転じ、
貧しい農民たちは豊かなを求め、
都会へと流れ込んでいった。
しかし、そこに働く場はなく、行き着く先は
劣悪な環境のスラムだった。
                      (「地上」7月号/家の光協会 グラビア)
[PR]
by sanaka-okamoto | 2013-10-04 17:45

ナイジェリア、経済成長の影に

d0074731_13151475.jpg第5回アフリカ開発会議で注目されているアフリカ。
月刊「中央公論」6月号
駐在経験者が語る
急成長アフリカのチャンスとリスク(P136~P145)
掲載に合わせ、同号のグラビアでナイジェリアを
取り上げていただいた。
[PR]
by sanaka-okamoto | 2013-10-04 17:02

世界一小さなチョウチョ園

d0074731_12444020.jpg自宅に年間を通して観察できる「世界一小さなチョウチョ園」をつくった菅野みどりさんは、子どものころから「あおむし」が大好きだったという。
「あおむし」は葉っぱのうえで、こわい敵がきても声も出さず、じっとたえている。チョウになるために生まれてきたのに、おおくの「あおむし」はその日の来る前に鳥やほかの昆虫にえさになってしまうの。そんなあおむしのことを考えると、どんどいとおしくなって、守ってあげたいとおもうようになった」という。

(「ちゃぐりん」7月号 「いのちの音色」より)。


菅野さんは我孫子第一小学校の子どもたちと蝶のえさになる食草を栽培し、
日本一、チョウチョが舞う学校もつくりあげた。
[PR]
by sanaka-okamoto | 2013-10-04 16:15

人馬一体となり運び出す「馬搬」の伝統を守る

人馬ともに一つ屋根の下に暮らす遠野の「曲がり家」。ほんの五〇年前まで日常の風景だった。森で切り出した木材を人馬一体となり運び出す「馬搬」の伝統。
だが時は移ろう。近代化と効率化の波にもまれ、農林業の現場で馬は機械に取って代わられた。
現在、馬搬の従事者はわずか3人。
馬搬は山では、即座の判断力が求められる。土の硬さ、勾配、木の性質と動かし方、そして、馬の性格を知らなければならない。山と人と馬が絡むので、それらすべての視線をもっていないと成立しない。そうした技と知恵をもつ馬方だけが生き残ってきた。

●昔、自転車もない時代、馬に乗って遊ぶのがいちばんだった。炭運びも田んぼも馬でやっていたよ。羽振りのいい時代もあった。稼いだ金は、全部馬に使ったね。しかし、馬はいい、面構えがいい」(見方芳勝さん)
●「自然との共生という言葉がよく使われるけど、なまやさしいものではない。森を知り、森とつきあう。その知恵と技があってこそです」(岩間 敬さん)

    (「地上」4月号より抜粋/家の光協会)        
d0074731_12575443.jpg

    
[PR]
by sanaka-okamoto | 2013-10-04 14:43