戦争をどう受け継いでいくか。原爆を描く。

教育新聞。「円卓」コラム

毎年、子どもたちが描いた原爆をテーマにした絵が1作ずつ生まれている。今年も模造紙48枚を繋ぎ、縦6メートル、横8メートルの大キャンバスと子どもたちは向き合った。墨で描かれたその絵に近づき目を凝らすと、どこもかしこも、子どもたちの力強いメッセージで埋め尽くされていた。
怖いという気持ちと闘いながら、被爆者から聞いた川に浮かぶ無数の死体の話を思い出し、その光景を想像し、絵として再現したのは、原爆の恐ろしさを多くの人に伝えたかったからだという。キノコ雲のそばに描かれた飛び立とうとする鳥の絵には「人間の命だけでなく、生命あるものすべてを原爆が奪った」というメッセージが、11時2分を指し示すゆがんだ針の時計の絵には「長崎に原爆が落とされた日時を知らない人が多いから、いつまでも忘れてほしくない」という願いが込められているという。d0074731_1645874.jpg
この絵を描いているのは、長崎市立銭座小学校の6年生だ。入学時から続けてきた平和学習の集大成が、この絵画制作なのだ。数年前からは原爆に加え、子どもたちが考える平和のイメージも絵に描かれるようになった。手を繋ぐ家族、地球を包む虹…。原爆に関する資料はたくさんある。被爆者から直接話を聞く機会も多い。しかしそれだけで、被爆者の悲しみ、苦しみ、痛みを受け止めたことになるのか。作品制作という創造過程を取り入れることで、真剣に想像し、他人ごとではなく自分のこととして考える時間を設けたほうがいいのではないか。この取り組みの背景には、歴代校長たちの「被爆校である私たちの学校が原爆について語らずして誰が語るのか」という力強い信念がある。
来年は終戦70年。戦争体験者の多くが亡くなり、数少ない戦争の生き証人たちも、そのほとんどが核家族化により孫や曾孫と同居していないと思われる。家庭で戦争や平和について語り合う機会は減る一方だ。戦争の悲惨さを誰がどうやって伝えていくのか。近年、修学旅行で広島や長崎を訪れる学校は激減しているというが、この問題解決において、学校教育に頼るところはやはり大きいのではないかと思う。
絵の取り組みについては「サンデー毎日」「週間金曜日」「ちゃぐりん」に掲載してきました。
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by sanaka-okamoto | 2015-01-05 20:43
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