教育新聞コラム。好きな言葉「郷童」

私は長年、「郷童」(さとわらべ)というシリーズタイトルで日本の子どもたちを撮り続けている。子どもたちが生まれ、今、暮らしている、彼らが将来“故郷”と呼ぶことになる地。「郷童」とは、故郷の自然や風土の中で遊び、学び、お手伝いをする子どもたちのことだ。自然遊びをしたり家業を手伝ったりする子どもの姿が消えていく中、記録を残したいと心底思ってから、約30年になる。
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山、野、川、海・・。様々な色、音、におい、味、感触を持つ自然とその恵みに囲まれ、子どもたちは豊かな表情を見せてくれた。自然だけではない。「郷」は、歴史、産業、先祖の知恵など、彼らに多くの気付きを与える素材の宝庫だった。本来は家庭や地域社会の中で伝えられていくべき地元の産業や食文化、伝統行事のはずが、その撮影を学校で行う機会が増えている。総合教育が「郷」の伝統を守る役割を担うようになったのだ。ところが、この総合教育も廃止に。加えて市町村合併による郷への愛着の薄れ、インターネットの普及による飛躍的なグローバル化。「郷」は、いったいどうなってしまうのだろう。
私は高校まで、自分が生まれた地域の中だけで生きていた。だから、初の都会暮らしも、初の海外取材も、実に刺激的だったけれど、撮影テーマの根本部分で、いつも「郷」が顔を覗かせる。また、都会の喧騒の中で故郷の民謡を耳にし、取材先の田んぼで稲穂の匂いをかぎ、異国の地で懐かしい風景に出会い、何度心癒され、どれだけ勇気をもらったことか。「郷」は、生きる上での原点なのだ。
機会は減ったとはいえ、今も「郷童」との出会いは続いている。岡山県津山の山奥にある農家で出会った小学生の姉弟。姉は毎日子牛にミルクを与えているうちに、僅かな異変で牛の病気を見抜くまでになった。弟は畑作業を手伝ううちに、興味が料理へと広がり、今や食材の違いを見抜く鋭い舌で大人を唸らせている。彼らの故郷は限界集落と呼ばれているが、そこで彼らは多くを学び、才能に磨きをかけていた。
東京の新興住宅地にも郷童はいた。総合教育で始めたコメづくりを引き継いだお母さんたちが、田んぼという「郷」を築いたのだ。進学などでこの地を離れた子どもたちが、ふらりと稲の様子を見にやって来るという。
思い出に満ちた故郷。いつでも迎え入れてくれる故郷。「郷童」――なんと温かく幸せな響きだろう。
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by sanaka-okamoto | 2014-07-11 12:20
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