キジル石窟のポストカード

  東京芸術大学美術館で開催されている「シルクロード特別企画展『素心伝心』」(26日まで)。私が撮影したキジル石窟の写真がポストカードカード(全7種・バラ売り)やクリアファイルとなってロビーで販売されています。鑑賞後に立ち寄って、探してみてください。
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写真はクチャにあるクムトラ新2窟に描かれた13体の菩薩像。他にキジル石窟、6種のポストカードが並んでいます。
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# by sanaka-okamoto | 2017-10-09 21:03

地上10月号。後継者は和菓子職人の「中島一」さん

和菓子文化の発達している金沢で「和菓子の老舗・中島」の4代目を撮影させていただきました。
月刊地上10月号(家の光協会)をご覧ください。
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# by sanaka-okamoto | 2017-10-05 18:48

シルクロード特別企画展「素心伝心」

劣化による崩壊、紛争による破壊や略奪で失われた世界的文化遺産――法隆寺金堂の壁画と釈迦三尊像、バーミヤン東大寺仏天井壁画、敦煌莫高窟、キジル石窟などの壁画ほか――を現代に蘇らせた「シルクロード特別企画展『素心伝心』d0074731_056275.jpg
お香の匂いがたちこめる会場。お経の流れる法隆寺展示室。石窟の壁画の部屋は薄暗く、まるで本当に石窟の中で目を凝らしつつ見学しているかのような気分にさせられる。
 18年も前になるが、NHKのスペシャル番組に同行し、3週間ほど滞在してキジル石窟を撮影する機会に恵まれた。そのときの写真はNHK出版から刊行された『シルクロードキジル大紀行』に掲載していただいたが、撮影時には目にすることのできなかった壁画――ドイツの探検隊が略奪し第二次世界大戦の空爆で遺失した第212窟の壁画――も、クローン技術によって復元されていた。d0074731_0573192.jpgd0074731_0581759.jpg
キジル石窟の壁画撮影には厳しい条件がつけられていたため、慎重にシャッターを押したことを懐かしく思い出す。撮影許可がなかなかおりない貴重な写真が掲載された本だったが、残念なことに廃刊となり、現在は入手できない。ご興味のある方は、ぜひ図書館でご覧になってください。会場で本の著者のお一人、名古屋大学名誉教授の宮治昭先生にお会いすることもできた。
「シルクロード特別企画展『素心伝心』」は、東京芸術大学美術館で26日まで開催されている。
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# by sanaka-okamoto | 2017-10-05 01:02

終戦記念日に訪ねた3つの場所


●平和祈念展示資料館(新宿三井住友ビル)には、想像していたより多くの人が訪れていた。中でも目についたのが家族連れ。園児からご高齢の方まで来館者の年齢層は広い。夏休みの自由研究のテーマが戦争なのだろうか。展示物を見ながら両親の話に耳を傾ける小学生の姿もあった。この資料館は、兵士コーナー、抑留コーナー、引揚げコーナーに分かれている。原爆に関する展示物はない。   

d0074731_1513595.jpgd0074731_15312093.jpg      
 ●三鷹市役所のロビーでは平和展「長崎原爆資料館 写真パネル展」が開催されていた。各窓口周辺には順番を待つたくさんの人の姿が見られたが、私がいる間にこのパネル展に立ち寄った人は、たった一人だった。原爆投下直後の一本柱の鳥居(長崎の山王神社)の写真が印象に残った。周りは何もなく、本当にこの一本だけが焼け残ったことがよくわかる。「戦争の記憶と平和への願いを次世代が受け継ぐために」と三鷹市がスタートさせた「みたかデジタル平和資料館」では、戦争体験談をおさめた動画を公開している。長崎の被爆者の話(長崎での被爆体験~7歳で被爆して~)も聞くことができる。
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●埼玉県東松山市にある「原爆の図 丸木美術館」。池袋から東武東上線で東松山へ行き、そこからバスで約20分。バスは1時間に1本と、交通の便が悪く、時間にゆとりがないとなかなか出かけられないが、当日は大雨にもかかわらず、館内は多くの見学者でにぎわっていた。小学生や地元の高校の女子高生のグループ、外国人の姿も見られた。大きな原爆の絵の迫力に圧倒され、絵の前で立ち尽くすこともしばしば。写真の場合はあまりに生々しく、その恐ろしい光景に目を背ける人も少なくないと思うが、みな、巨大な絵を凝視し、位置を変えながら隅々まで目を凝らして見入っていた。丸木位里、俊夫妻のアトリエも見学できる。館を出た後、すぐそばを流れる都幾川とその周辺ののどかな風景を眺めつつ、平和への思いを新たにした。
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# by sanaka-okamoto | 2017-08-18 15:37

  中村由一さん、NHK ETV特集「原爆と沈黙~長崎浦上の受難~」に出演

 長崎市立銭座小学校の取材で長崎を訪れる度にお会いして、ご自身の生い立ちや差別についてお話を聞かせていただいた被爆者の中村由一さん。d0074731_17161665.jpg中村さんのことは『婦人之友』9月号の「原爆を伝えていくのは私たち――銭座小学校の試み」でもご紹介させていただきましたが、今週末放送のドキュメンタリー番組に中村さんが出演されます。浦上地区や被差別部落について語られたそうです。ぜひご覧ください。
■8月12日(土)23時~(60分)
 NHK ETV特集「原爆と沈黙~長崎浦上の受難~」
NHK番組告知より
「72年前の8月9日、原子爆弾が投下された長崎・浦上地区。古くから弾圧を受けてきたカトリック信者、そして被差別部落の人々が暮らしていた。生き残った被爆者たちは、戦後長きにわたって自身の被爆体験を語らず、沈黙してきた。差別があったからだ。しかし、後世に自分たちの体験を伝えようと、近年、重い口を開き始めた。差別と闘いながら、生き抜いてきた長崎浦上の人々の戦後を描く。
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# by sanaka-okamoto | 2017-08-10 17:20

「婦人之友』9月号「原爆を伝えていくのは私たち」



  8月9日は長崎原爆の日。
 被爆者の高齢化が進み、原爆を実体験として伝えてくださる方がどんどん減っている。この悲劇をどうやって後世に伝えていくのか。今の小学生は被爆者の曾孫世代にあたる。
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 子どもたちが「原爆について知りたいと思えば、映像などたくさんの資料があるし、被爆者から体験談を聞くこともできる」が、それだけでは原爆を我が事として考えるには至らないだろう。子どもたちの平和学習に「想像し、表現する」活動を加えることで、原爆を自身の問題としてとらえ、深く考える時間が実現するのではないか。そう考えたのは、当時、銭座小学校の教師だった馬場務先生だ。そして取り組んだのが、墨絵で描いた大作「火のトンネル」。1947年8月9日11時2分、長崎で起きた出来事を6年生26名が大きな1枚の墨絵として描いた。それが「火のトンネル」シリーズの始まりだった。
 7月13日、今年も13作目となる「火のトンネル」が完成した。月刊『婦人之友』9月号に「原爆を伝えていくのは私たち―長崎市銭座小学校の試み」のタイトルで6ページにわたって記事を掲載していただきました。ぜひご覧になってください。
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# by sanaka-okamoto | 2017-08-08 23:44

「銭座小学校 被爆資料室」毎日小学生新聞8月7日に

毎日小学生新聞「銭座小学校 被爆資料室」

 長崎に行ったとき、いつもお会いしているのが馬場務先生と中村由一さんだ。銭座小学校の子どもたちが13年間取り組んできた墨絵「火のトンネル」を、温かく見守ってきたお二人。「火のトンネル」の創案者である馬場先生は、他校に移られた現在も、原爆の怖ろしさを伝えるために子どもたちと新たな創作活動に挑んでおられる。中村さんは被爆者として、差別をテーマにさまざまな取り組みを継続中だ。
この夏、長崎を訪ねたときには、「平和公園の被爆遺構を保存する会」のメンバーとして長年活動してこられた竹内芙美さんにもお目にかかった。
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銭座小学校の「被爆展示資料室」に並べられた被爆品の寄贈者でもある竹内さんは、「貴重な被爆品が展示された立派な(長崎)原爆資料館もあります。ここ(銭座小学校の資料室)にあるのは、歯ブラシ、茶碗、学用品、瓦、本など、ただの日常品です」と。これらの日常品からは、原爆投下直前の人々の生活が見えてくる。それによって子どもたちが原爆を身近な問題として受け止めてくれることを期待しておられた。戦後72年。人間には寿命がある。被爆者はいつか一人もいなくなってしまう。被爆者に代わって原爆の恐ろしさを永遠に語り続けてくれるのが被爆品であり被爆遺構だ。だからこそ保存する必要があると訴えてこられたのだ。
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この子どもたちの身近にある「資料室」のことを、毎日小学生新聞で紹介させていただきました。
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# by sanaka-okamoto | 2017-08-08 23:24

月刊「地上」(家の光協会)8月号の「後継neo」は田中帽子店6代目の田中優さん

 
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 日本の夏の風物詩ともなっている「麦わら帽子」の職人さんです。
 昔から麦の生産地である埼玉県春日部市にある会社を訪ね、 撮影させていただきました。
 年代もののミシン、プレス機、アイロンなどを使いながらベテランの職人さんたちが一つ一つ
手作りで丁寧に仕上げていました。
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# by sanaka-okamoto | 2017-07-10 08:00

地域づくりの情報誌「かがり火」175号に 哲学者・内山節さんの写真

 地域づくりの情報誌「かがり火」175号の特集は、「哲学者・内山節インビュー『国家の黄昏―強い国家は持続しない』」。
 「いま多くの日本人は波打ち際に立っているような感覚を味わっているのではないか。寄せくる波が少しずつ足元の砂を侵食し立っていることが不安定になってくる。・・・・・・国家は次第に意味を失い、有効性が薄れ、虚無化に向かっているという。この状況を、国家が黄昏に向かっている時代」(扉リードより)
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 このページに内山節先生の写真を使っていただきました。先生が打ち合わせや仕事場としてよく利用されている本郷の喫茶店「こころ」や、東大構内などで撮影させていただいた写真です。
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# by sanaka-okamoto | 2017-07-05 08:47

国際協力機構(JICA)広報誌「mundi」6月号 地球ギャラリーに掲載 【グアテマラ】砕けた虹を抱いて

 グアテマラの総人口はおよそ1600万人。現在、アメリカで働くグアテマラ人は約150万人。国民のおおかた10人に一人がアメリカで働いていることになる。
アメリカで働くことを夢見た若者の中には、正式な手続きを経ずにメキシコ経由で入国し、不法移民となる者が今もあとを絶たないという。
貧困に苦しんでいるのは、マヤ系先住民たち。スペインによる植民地時代に自分たちの土地を奪われ、安い賃金での重労働を強いられてきた人たちだ。支配を脱しスペインから独立した後も、資産家を優遇する国の制度は変わらず、大地主が所有する祖国の農園で労働者として働くか、出稼ぎ労働者として異国で働くかしか選択肢はなかった。貧困家庭の家計の大半を支えているのが、海外へ出稼ぎに出た家族からの仕送りなのだ。アメリカのトランプ大統領による厳格な移民政策でもっとも窮地に追い込まれてしまうのは、グアテマラの貧困層なのかもしれない。
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マヤ系先住民の農村を訪ね、その暮らしを見せていただいた際、仕送りで家族を助けてくれた夫がアメリカで亡くなり、途方に暮れている親子とも出会った。コーヒーショップでグアテマラの文字を目にする度、厳しいグアテマラの現実を思う。
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# by sanaka-okamoto | 2017-07-04 18:44